埼玉・千葉連続刺傷:保護処分決定 「君は変わる必要がある」 法廷に重く響く説諭 /埼玉− 毎日jp(毎日新聞) を見て [メール投稿]
埼玉・千葉連続刺傷:保護処分決定 「君は変わる必要がある」 法廷に重く響く説諭 /埼玉− 毎日jp(毎日新聞)
決定は、少年を広汎(こうはん)性発達障害と精神鑑定し、証人出廷した精神科医2人の治療に関する証言を重視した。「(正常に戻ることができる)しなやかな年齢のうちから治療すべきだ」「精神科医が言葉を尽くし、粘り強く閉ざされた心に窓を開くことが有効だ」とした。
広汎性発達障害の治療で「心を開く」とはどういうことだろう?私には全く理解不能である。広汎性発達障害が家庭環境で生じたものだと考えているのだろうか?そのような考え方から、以前、それも最近騒ぎになったことがあったような気がするが、それと似たような考え方なのだろうか?
追記(2013/3/13):
この問題の分かりにくさについて参考になりそうな論文があった。
【人間文化創成科学論叢 第11巻 2008年 少年非行と障害の関連性の語られ方 : DSM型診断における解釈の特徴と限界 木村祐子】
追記(2013/3/13):
私の中で広汎性発達障害から非行までの流れは次のようなイメージ。
これは広汎性発達障害に限らず、全ての人に言えることなんだけど、きっかけや強化が無ければ非行には至らず、「広汎性発達障害だから危険」というわけでもない。
また、「治療する」というのは、この図の一番上を変えるということで、それは間違っているだろうと思う。非行は学習の結果、強化の結果なので行動分析学的なアプローチで弱化すれば良いのだと思う。その弱化の効果的な方法だが、行動分析学的には「罰」を利用するのではなかったと思う。「心を開く」とか精神分析学的な方法でもない。所謂精神科医が得意な精神療法は違う気がする。結果として、弱化になる場合もあるだろうが…。
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